イグアスの風便り

古代出雲大社の「空中神社」を作ろう。

« 前の記事記事一覧次の記事 » iguazu090205.jpg

2009年1月15日夜半、小さなさざ波の様なインスピレーションに促されて起きた私はこの一文を書いている。

イグアスの地に神社を作ろうと3年余前から 取りかかって以来、昨12月8日、千葉の友人・熊本武一氏の多大な寄進を受けて素朴な鳥居を立ち上げた。

この神社作りの発端は10数年前、 愛知県にある尾張戸神社を地元の氏子の方に案内されて参拝した時の啓示に端を発している。

この神社を参拝した時、私は"日本の終わりの戸を開いた"という啓示をまざまざと実感した。

その数年後、改めてこの神社をお参りした時、氏子の人から、「もうこのお社にご神体は鎮座していません」との説明を受けた。

以来、このさまよえるご神体をイグアスの地に鎮座して頂かねば、という思いに強くとらわれた。そしてイグアスの杜作りに励んできたのだが、当初はちいさなお社を作ってかの良寛さんの様に素朴な庵で思索とお祈り三昧の晩年を送ろうと考えてきた。

この思いはつい数日前まで抱いてきたのだが、新たなさざ波のような想いがひたひたと満ちてきた。

それは途方もない"想い"だった。

つまり、古代出雲大社にあったとされる"空中神社"(48mとも90mともいわれる)である。それをこのイグアスの地に作ろうというものである。

古代日本列島に於ける出雲大社の神話はご存知だろう。そう、葦原中つ国の覇権を譲った出雲の神、オオクニヌシノミコトは開拓の神、農業神である。今、甦ってこの大陸の神となる。

勿論、自分の余生を考えると後、十数年?ではせいぜい10m位が関の山であろう。こんな大それた構想が一朝一夕に完成するものではない。

日本民族がこの南米大陸の心臓部に営々と民族の結集を代々築きあげていければいい。 あのスペインのサグラダ・ファミリア(Sagrada Familia 聖家族教会)のように何十年何百年もの気の遠くなるような歳月をかけて取り組まねばならない。

「パラグアイが社会主義国に陥る危険性」

私がこの途方もない構想に「よし、やろう!」と覚悟を決めた背景には昨今のパラグアイを取り巻く政治、社会状況にある。

つまり、昨年8月、元カトリックの司教であるルーゴ大統領が誕生して以来、いわゆる土地なし農民たちの不法占拠問題が多発してきた。この背景には同大統領が解放の神学(教会で説教するだけでなく中南米の貧困を解決するため武力闘争をも辞さない)の信奉者だったことから貧農グループが国のトップの暗黙の了解を得ていると勢いづいている。

さらにその背後にベネズエラのチャベス大統領の影がうごめいていることもこの国の将来を不安定にしている。

南米はご存知のように数年前から次々左翼政権が誕生した。これは長年にわたって南米を牛耳ってきたアメリカに対する反米闘争の結果である。

確かにアメリカの市場経済最優先とするグローバル主義は破綻した、と言ってチャベスが進める時代錯誤の社会主義路線が正しい、と絶対容認出来ない。

この国のトップがチャベスに同調して暗に階級闘争を煽り、さらに外国人排斥運動をも容認するなら日本人移住者の資産を死守しなければならない。

組織的な昨今の不法侵入はイグアス日本人移住地をも脅かしている。彼らのリーダーは昨年、同移住地内の公園で無知な貧農を集めて「ここの土地は俺たちパラグアイ人たちのものだ。日本人が移住して以来50年(1961年入植して現在47年 )を経過したらここの土地はパラグアイに返ってくる」等と全くのデタラメを言ってアジっている。

「剣と銃を持って南米を占領したヨーロッパ人、そして鍬と鋤を携えて遅れて登場した日本人」

剣と銃を持ってこの大陸にやってきた彼らヨーロッパ人は先住民を殺戮して今日の繁栄を築いた。

そして、鍬と鋤を携えて遅れてこの大陸に登場した我ら日本人は豊かな恵みをこの大陸にもたらせた。

古代日本列島に於いても大陸から渡来してきた各種族が幾多の闘争を繰り返して今日の日本民族というものを生み出した。

この南米の地に於いても長い歴史的スパンでとらえると新たな南米人が誕生するだろう。

南米大陸が抱える宿痾を解決しようとシモン・ボリバルやチェ・ゲバラ等の革命家がゲリラ闘争を展開してきた。だが、彼らのような武力闘争では根本的な解決は不可能だ。

煮えたぎるどん欲な血が渦巻くこの南米を鎮めることの出来るのは一見単純に思える「和を持って尊しとなす」とする大和心であろう。

この大陸に武器を持ったFARCの流れを組むゲリラがこの地に生まれるとするなら我ら大和民族よ集え! 志高き平和の革命戦士よ来れ! この南米大陸に百数十万人もの日系人がそれぞれ日の丸の旗を心の中に翻して根を張っている。

その旗印、シンボルとしてのイグアス大社建立を決意した。

「レンガ1個のイグアス大社建立運動」 を広く呼びかけよう。

michio.jpg
執筆者プロフィール
ミチオ高倉:1940年大分市生まれ。サラリーマン生活を経て1976年、家族を連れてパラグアイに移住。1980年、日系ジャーナル発刊。1996年、オイスカ・インターナショナル・パラグアイ総局創立。2002年より会長として今日に至る。現在、イグアス移住地にイグアス神社(仮称)の建立に奮闘中。

ページトップへ