わが神津島村の一般会計予算は、通常3割自治と言われている国・都の拠出金に対する自己財源比が21%でしかなく、その比率は、他の伊豆・小笠原諸島町村と比べて悪い方ではないのだが、町村行政の執行は、その比率と比較して、どうしても国・都の助成に頼りがちな予算編成となる。
そして、これまでの自民党時代の政策(政権)は、「政・官・業が一体」で、われわれ卑小の島の自治体としては、「何事もお上にお任せ」の傾向が強かった。それどころか、予算獲得運動の習性から、われわれ小離島の住民は、自分の頭で考えることが少なくなり、次第に無気力になり、自分のことも、他の誰かに決めてもらうようになる。
その反動で、島で役職についた者(議員も含む)は、「自分の思惑で島民が動く」と錯覚するようになり、唯我独尊の意識が出るようになる。大体、人の意見は、その人なりに千差万別なのだから、それを闘わせ、大同小異を修正し合って、一定の方向性を見出すのが本来の協議・会議の目的なのだが、役職についた者は自分の意見を重用し、自分と異なる意見を持つ者を排除するようになる。
そうした仕打ちを受けて、又、無気力になり、自分のことも誰かに決めてもらうようになった島民は、嗅覚的に、島で役職についた者(権力者)に迎合する事でおのれの安穏を図るようになり、その結果として、島には「アッチ派」「コッチ派」が生じ、それらは、論理の正当性より「どちらの派か?」で組む徒党化が始まる。
これまで「自由民主党の先生にお任せ」で過ごしてきた島民に、そうしたことに少しでも批判精神が芽生えたとき、それに「反動が起こる」。
今回の衆議院比例区の投票結果に、たまたま批判眼の生まれた島民のその反動が無かったとは云えないであろう。
7月12日に投票が行われた都議選は、自由民主党の当選者は38名。民主党は54名で、わたしは、その2日後の7月14日に発行した自分の機関紙に、その1ケ月後の8月30日に投票日となる衆議院選の結果に「政権交代もあり得る」と書き、「日本の国会は議院内閣制であり、政権党である場合と、野に下った場合の権限は大きく違う」と書いたが、マスコミによれば、時の麻生総裁は「都議選の結果は、衆議院選とは関係ない」で、都内から169?m離れた神津島に住む一党員のわたしとの「意識・感覚の乖離」を感じさせた。(09.11.1)
そして、今回のわが神津島村の衆議院選の地区選挙の投票結果は、総投票数1,136名、その53%が自由民主党候補者の得票率だが、民主党候補者の得票率も43%と、その差は意外と縮まっていたし、比例区にいたっては、自由民主党が35%に対し、民主党は37%という逆転現象が起き、これまでの神津島では、とても考えられない事態が発生した。
今回の9月18日投票の総裁選挙で自由民主党は「いっしょにやろう!」と呼びかけた谷垣禎一衆議院議員が当選したが、この「いっしょにやろう!」は、そのことについてのお互いの論議を尽くしたのち、その論議の結果で一致した方向のことを指している。
われわれ自由民主党員一人ひとりが一点に絞って、そのことを明確に認識しない限り,わが自由民主党再生の道は閉ざされるだろう。
わたしの、この「イケン」が、現在の自由民主党にとって「意見」か「異見]かは、これを読む皆様のご判断にお任せする。