現在、私たちが受け継いでいる
「川柳」という文芸の名称は、
明治以降に固定したものですが、
その元となったのが、
柄井八右衛門という人の俳名
「川柳」です。
(初代川柳の辞世句と伝えられる。天台宗龍宝寺境内の句碑。)
2007年は、「川柳発祥250年」ということで全国的な行事が行われましたが、それを 契機に、川柳という文芸の発祥地が台東区であったことが知られ、地元においても、 地域発祥の文化として誇りを持つに至りました。
川柳発祥の地は、初代川柳こと柄井八右衛門が名主を務めた旧浅草新堀端(現台東 区蔵前四丁目に現存)天台宗龍宝寺の門前です。昨年は、これを顕彰して龍宝寺前の 道に道路愛称名《川柳横丁》が命名されました。
この川柳宗匠の踏んだ句が「川柳点」と呼ばれ。独特の面白さが江戸中の評判とな り、これがベストセラーになった「誹風柳多留」という編集を通じ川柳の名は高ま り、
(柳多留)
その文芸は、黄表紙や洒落本などと共に江戸文学の一角の伝統文芸として地位を占め ています。
(吉川雉子郎・文豪吉川英治の柳号。かって台東区に居住。)
現在でも人々が思い浮かべるような人口に膾炙した句をたくさん残し、
(川柳きやり吟社 創立者、村田周魚。上野東照宮境内の句碑)
近代文芸としての川柳は、新聞やメディア、公募を通じて、今や全国民の楽しみとな りました。
(川柳公論主宰 尾崎三柳。上野東照宮境内の句碑。)
更に、川柳を通じて、希薄になりつつある人情や道徳、更には下町文化を広める意味 でも、この地元発祥の川柳という文芸には大きな力があります。
台東区発祥の文芸に誇りを待っていただき、楽しみの一つになれば幸せです。
(浅草鷲神社にて。内田博柳)