1月29日市ヶ谷で開かれた全国樺太連盟の新年会に出席した。政治家は私一人だった。
「樺太?」
若い人では、「からふと」と読めない人もいる時代だ。
「北方四島が属するサハリン州で、大きな島だよ。日露戦争で勝った日本が、ポーツマス条約で正式に北緯50度以南を領有することになり、半世紀の間、日本の領土だった」と話す。
太平洋戦争で、日本は多くの犠牲を出したが、日本の最後の戦闘は、実は6月に終結した沖縄戦ではなく、樺太だったことはあまり知られていない。既に戦争が終結した後の昭和20年8月15日以後も、ロシア軍の千島・樺太への戦闘行為は終らず、日本軍が軍師を何度も派遣したが殺されたという。
特に、8月22日、ハマナスの丘・真岡に上陸したロシア軍は、1000名の市民を殺戮、世に言う「真岡の悲劇」が起きた。翌年、総てを失った邦人が、日本へ引き上げてきたのだった。
全国樺太連盟(かばれん)は、その2年後に結成された。引き上げ同胞の支援活動、慰霊地訪問、遺骨収集などが目的だが、実は、子孫に樺太時代の生活や文化を伝承する意味でも、何としても組織を維持したいと頑張っているのだ。
サンフランシスコ平和条約で、日本は、樺太を放棄したが、未だに帰属先は決まっていないのだ。ロシアの実効支配は、国際法上は、問題があるのだが、日本政府は一向に動かない。北方四島すら返す気配が全くないロシアと、何だかんだというが、沖縄と小笠原を日本に返したアメリカとの違いを知らされる。
樺太の出身者に、48代横綱大鵬関、せんだみつお氏も出身者のお一人だ。
保坂は、樺太問題の支援者の一人として、毎年、新年会や総会に参加しているのだ。