パンダと上野動物園の歴史は古い。昭和47年、日中国交回復を記念して、カンカン(康康)とランラン(蘭蘭)の一つがいが贈られてきた。
当時、パンダは、「幻の動物」と呼ばれ、国内の動物関係者で飼育方法を知る人はいなかった。国際稀少動物であり、日中友好の絆、万が一があっては大変だ。悪戦苦闘の歴史が展開され、パンダミルクの開発など優れた飼育技術が育った。しかし、何といってもパンダは子供たちの宝、一昨年、リンリン(陵陵)が亡くなると、パンダの再来を望む声が高まり、昨年5月、胡錦濤主席が来日した際、福田首相が要請し、協力の回答を得たのだった。
パンダは、日本国内には、神戸・王子動物園に2頭、和歌山白浜のアドベンチャーワールドに6頭いるが、いずれも中国政府から貸与されたものだ。ところが、例の年間借料つがいで1億円に、反対の声が続出。マスコミは、足元見た高額レンタル料金とあおり、あまつさえ、パンダの故郷チベットを蹂躙する中国に1億円を払うのはまかりならん、という声まででたのだ。
賛否両論の中を、毎日の子供たちの待ち望む声に背中を押された地元は、官民、与野党上げて猛烈な誘致運動を展開してきたのだ。誘致のバッチは、人気が沸騰し品切れ、署名活動、要請活動、義捐金募集と徹底した。
今回の決定は、賛否両論ある中、決断した石原知事と、与野党上げて理解してくれた都議会のおかげだ。
自民党服部ゆくお政調会長は「色々あったが、子供の夢を育もうの一点で合意した。」と先頭に立った満足感を隠しきれぬ表情だった。早速、飛んできた台東区の神子副区長も、どこで買ったか、ぬいぐるみパンダをプレゼントしてくれた。
これから東京都は、ワシントン条約の手続きに半年かかるが、来日は、来年の桜の候。楽しみは、ゆっくりの方が、喜びは大きい。