臨海部に位置し、かってのゴミ戦争の戦場となった夢の島、今は、若洲ゴルフリンクス(ゴルフコース)など、江東区に新しい領土を提供し、工場地や宅地が拡大し、人口も50万人に近づきつつある、文字通り福の島となった。山崎江東区政は、昇り竜の勢いだ。一昔前は、ゼロメートル地帯がアキレス腱だったが、下水道の普及と高潮対策が効をなして、恐れは消えた。都内で、最も活力のある自治体で、東京オリンピック開催の際は、メインスタジアムが造られることになっていた。
しかし、40年前、他の区のゴミ搬入を実力で阻止した若き区議会の実力者、米沢正和氏(83才)の力を忘れられない。その、米沢氏が、地方自治への貢献で叙勲の栄誉に輝き、12日に区内のホテルで盛大な祝賀会が開かれた。
山崎区長が代表発起人で、与野党政治家、経済人、一般区民が、雨の中350人も集まった。来場者の中には、副知事を筆頭に都庁関係者も多く出席し、都区政の中で、いかに実力者であったか大いに立証した。
保坂も、席上、大先輩に敬意の祝辞を述べたが、特に、政治家の妻のご苦労にふれ、奥様の労を心よりねぎらった。
さて、ご本人は、このところ体調を崩し出席が危ぶまれたが、車椅子をお孫さんが押して壇上に登場した。そして、万感の想いを込めて、「本日のため体調を整えた。お蔭様で、有終の美を飾ることができた」と感謝の挨拶、思わず、後輩の区議の音頭で、予定外の万歳三唱が行われるなど、戦後最大の実力者の引退を惜しみつつ叙勲を寿いだ大祝賀会となった。
尚、長男は、日経の記者、弟・和裕氏は、区議に進んだ跡取りだ。昨年の惜敗が悔やまれたが、当日は、壇上で一言の発言も行わず、場内を駆け回っていた。
立派だ。再起を祈りたい。
《米沢先生が17日に急逝された。まるで嘘の様な思いだ。先生に、謹んで敬意の誠を捧ぐ。合掌。》