大谷議長夫妻も悲しみから吹っ切れたように、弔問客に接していた。105歳の天寿を全うできた母への愛情と感謝が尽くせた思いからだろう。ふと臨む寺の裏山は、見事に手の入った杉木立、桧原村の自然美とはこんなものかと、思わずため息が出る。見事な舞台だった。
それにしても、議長のご母堂は、頑張った人生と聞く。「百堂恩恵信女」良いご戒名だ。お生まれは、明治40年、坂の上の雲の日露戦争の直後、日本人が一番自信を付けた頃の生まれだ。それから、大正、昭和、平成と激動を生き抜いた。令息が、議員として社会に貢献していることに満足し、励まし通したと言う。明治人の気骨を示したのだろう。
昭和38年、初の厚生省調査で、100歳超の人は僅か157人、今は、4万399人の方々が、100歳の壁を突破しており、世界一の長寿の人は、は日本人だ。都内では、3000人余の100歳長寿の方が元気でおり、そのお一人だった。
今、私達後輩は、それらの先輩諸氏が、長生きして良かったと思う社会を造ることが責務なのだ。今年の参議院選は、正に、それが問われている。
責任を痛感しながら、岐路に着いた。弔問に伺ってよかった。