海老名さんの訴えは、多くの共感を受け、上野の山で慰霊祭、平和の集いが催されて いる。
中近東で、民主化を求める反体制派と体制派の激突で、多くの市民に犠牲が出てい る。いつも痛い目に会うのは、弱い市民だけだ。
日本からすると遠い地域の話に思うが、太平洋戦争で350万人の犠牲者、2発の原爆、 一瞬にして10万人の犠牲者が出た東京大空襲、狂気の沙汰の戦火に逢ったのが、つい 67年前なのだ。
特に、東京大空襲は、軍事基地でもない東京下町地区、木と土で出来た木造家屋密集地にガソリンをまいて日を付けた。それも、日本だけで使った焼夷弾、今言えば、ガソリンの津波だ。街区の四角に焼夷弾を投下し、中の住民が全員焼 死した人類最大の蛮挙だった。
故林家三平師匠夫人の海老名香葉子さん、疎開して助かったが、愛する家族を失った。その悲しみ、怒りが、世間では時間と共に風化してきた。一念発起7年前、寛永寺に慰霊碑、上野公園の中に平和を祈る時計塔を自力で寄付した。それを、手伝ったのが保坂だ。
以来7年が経過するが、毎年、盛大に慰霊祭を挙行する。林家一門をあげた大ボランテイア活動だ。そこで、おかみさんの熱い平和の語りがある。全国から多くの賛同者が寒空の中、参加する。
80を超えたおかみさんが、命ある限りこの催しを続けると言い切った時、場内からすすり泣きと拍手が起きた。