7月9日のSanbum Awareness行事(以下、行事)前日、朝4時30分にセンター発、ルディが日本へ行くため、空港へ送る。帰って来てすぐスタッフミーティングに参加した。
新しい研修生達にスコップやブッシュナイフ等、持参すべき物の買い物をさせねばならないとのこと。当初センターにある2台のトラックにてココポへ出る予定だったが、1台はクラッチの故障で動かない。ちょうど午後1時から借りる予定のトラックが時間を間違え早朝に来たので1日中借りたい旨、運転手と早速交渉。オーナーに許可をもらうため、すぐ近くのソーミールへいったん帰っていった。
私は行事のプログラムチェック、ドラマのチェック、また新しいキャスターとなった人達に前回のビデオを見せた。事務所に帰ってみると朝8時から11時まで、長い時間、研修生達がトラックを待っている。先に1台のトラックで行った研修生達もいて、その迎えと同時に、新研修生を空港へ出迎えに出る仕事が発生する。そこで残っていたCosmoランドクルーザーを私が運転し、まず午前中来る予定だったトラックの動向を調べに行く。なんとトラックは車検(6ヶ月有効)をしていなく町には行けないため、センターに来なかったという。電話で連絡してくれれば他の対応をしたのに、と思いつつ、いたしかたない。午後1時に必ず来るようにと念を押し、ココポへ向かった。
先に出て買い物を終えた研修生を乗せ、すぐセンターに帰る予定が、行事で使う予定のスピーカーの調子が悪いことを思い出した。新しいコードを買うべく、ミュージック製品が売っている店に私とDaniel Josephが入ったのが午後2時。
そこにMarabum村の人がやってきた。Danielが村人達と会話する。なんとMarabumで今日早朝、人が亡くなったとのこと。その準備Shoppingの最中、ランドクルーザーを見つけ追ってきた。明日が葬儀。Marabum村やSanbum村の多くの人達がその葬儀に参列し、行事には誰も参加できないという。
さあ大変。急いでセンターへ戻る。途中ゲスリーやラビ副支局長、荏原さんの車とすれ違い、クラクションを鳴らすが気が付かず通り過ぎてしまい、電話も通じない。 センターに着き、すぐ対応を決めねばならない。オイスカとしては明日が最高の日。月曜日から新研修が始まり、スタッフ達は皆、指導に追われる。一度に多くのスタッフが欠けることは難しい。しかし村民の参加がなければ無意味だ。
やむなく「延期」と決断する。何度も電話してようやくゲスリーと繋がった。共催のUnited Churchへの連絡、また招待者やマスコミへの連絡を急がせる。
明日の行事はUnited Churchが呼びかけSanbum Schoolへの寄付を募ることや、それに合わせ村人が豚やムームー等の料理を準備している。Sinuvit LLGの区長や教会長、2つの村だけでなく、伐採を反対する多くの人達を招待している。2社の全国紙、ラジオ局、ビデオ業者等も一緒にSanbumへ行くこととしている。土地地権者のSamsonは姿を消しているのか、3日前から家にいなく、まだ招待状が渡せない。4WDのトラック、ランドクルーザーを何台も借用する予定としていた。色々な人が参加することとなっている行事の延期連絡は相当大変な作業だった。
ドラマチームへも事情を話す。皆落胆し、気が抜けてしまった。
副所長のフランシス、またチャプリン(オイスカ教会牧師)、ノベット達と再び協議出来たのが午後6時。
色々な疑念が出てきた。Marabum村の人達はなぜオイスカセンターへ連絡に来るのではなく、それも偶然町で車を見つけたように、私とDanielへ話したのか。Danielはmarabumの人達と親しい。彼だったら話しやすく言い含めることが出来ると踏んだのではないか。伝えたのは伐採賛成派のSamsonと親しい村民ではなかったのか。Sanbumの教会へは、Marabumで人が死んだというニュースが入っていない。狭い社会なのですぐ察知できるはずなのになぜニュースが入らなかったのか。「葬儀」よりも「オイスカが中止と決めた」という情報だけが村民に伝わり、せっかく用意した料理が無駄になったと村民が怒っていると聞く。あまりにも葬儀のタイミングが良すぎる。それも死んだのはSamsonの親戚だ。本当に死んだのか。家に行って死人の顔を見たか。等々、疑えばきりがない。
DanielはMarabumの村民を助けるべく、彼らとと共に棺桶を積んでMarabumへ向かった。
ドラマチームは、午後10時より、新研修生の前で本番さながらの衣装(葉っぱ)を付け、グランドでドラマを披露した。ギャグいっぱいでおもしろく、ストーリーも良い内容だった。Sanbumで出来ないのが残念だ。
夜11時、Marabum、Sanbumへ行ったDanielが帰って来た。死んだ人の家まで行ってきた。家族は悲しみで泣いていたという。間違いはないであろう。今度行事をやる時には皆参加してくれると言っていたというが本当だろうか。
ともあれ、私たちの準備は完璧だったはず。この夜、先発隊がSanbumへ入り、村民にアメリカインディアンの映画を見せる予定だったが、しょうがない。しきり直しだ。まさか、こんな方法で中止(延期)に追い込まれるなんて思いも寄らぬことだった。狭い範囲の村同士、一方で葬儀で皆悲しんでいる最中、一方ではドラマを見て笑い楽しんでいる。それも縁者の批点を付くようなドラマ。相互が批判し合い、喧嘩が至る所で始まる可能性が高かった。決断後迷ったが、最良の選択だったと思うしかない。
延期した行事は必ず行う。8月第1週か第2週をターゲットとしよう。一度下火になってしまった炎を再び燃やすには、相当のエネルギーを必要とする。予期せぬ同点ホームランにめげないように。当然後に引くつもりはない。行いは正義と信じ、再チャレンジしていくつもりだ。
私は今月14日から状況報告の為、日本へ、凱旋する予定が結論に至らず一時帰国する。