自然の重要性は、自然を失った都市の住民が、一番認識している。
だが、最近、私は、植林ボランテイアで、度々、モンゴルを訪れ、異なった経験をした。モンゴルは、人口が280万人、面積は日本の2倍という広大な国土。見渡す限りの草原が、売りの国だ。しかし、夏は、30度を超え、冬は、マイナス30度を超す厳しい風土だ。降雨量は東京の1/10以下だから、樹木も少なく小さい。生活は、ついこの間まで社会主義政権下で、30年は遅れを取った。生活は、正直、豊かとはいえない。しかし、5月から数ヶ月の短い春と夏には、山野は、一斉に開花する草花で埋め尽くされる。それは、見事で、贅沢な程だ。ところが、それ以外は、生活の中に、生花が枯渇する。先日も、大統領府を訪れた時、執務室の入口に鉢植えの鑑賞樹があり、青々と茂っていた。ところが、そばで見ると、何と疑木。土を見ると、水をあげた跡、驚いた。何とも、複雑な思いだ。市民生活では、おおむね香港フラワーが主役で、安くないからもあろう、生花は、ご縁がない。先の大戦が終了してから、当時のソ連が、107万人の日本人を、不当にシベリアやモンゴルに強制連行し、多くの犠牲者を出したが、モンゴルに抑留されたて病死された同胞2千人を慰霊する記念館ながら、部屋中に飾られている花々は、全て造花だった。面倒をみてくれている管理人に尋ねると、「来年の春を待つのみです」と答えた。そこで、日本大使館の市橋大使と話し合い、生活に、徐々にゆとりが出てきた今こそ、自然を愛し、花を慈しみ、花と生活する豊かさの習慣を提供できないかと議論した。大使は、真剣に協力を求めてきた。嬉しいことだ。
さあ、私が会長を務めている園芸文化協会の出番だ。専門的な知見を駆使して貰い、調査と対応を練って貰うことになった。外務省が、積極的に入り、モンゴル国の大臣も来日し、具体的に話し合うことになった。
なにしろ、植物園も少なく、厳しい自然と、草花を育てる習慣がない環境、経済的にも不安だが、とにかく勝負だ。園芸文化協会の力を見たい。日本人の花を愛する文化が、どこまで通用するか楽しみだ。いずれ、朝青龍、白鳳が、帰国して、きっと驚くだろう。