今、日本人は、アメリカ発の100年に一度といわれる経済危機に見舞われている。政府は、列強の中で、一番に、この危機から脱出を図ると国民に公約をした。現に解散を封印して、130兆円余の世界一の規模という総合経済対策で対応しようとしている。必ず実効性が上がるものと信じてやまない。だが、問題は、市井の反応だ。この難局に耐えて、協力できる余裕があるかだ。考えてみれば、過去の歴史を紐とくまでもなく、このような、いや、これ以上の危機は幾らでもあった筈だ。それでも、私達の先人は、十二分に耐えてきた。ぎりぎりまで頑張る粘りがあった。だからこそ、今日の繁栄がある。
ところが、昨今は、頑張らずして万策尽き、親や親族知己を襲ったり、挙句の果ては、自殺で清算したりと、余りにも耐える力がないのだ。何と、毎年3万人も、この世を、諦めているのだ。しかも、30?50代という、やり直しが十分きく生産年齢が多いのだ。そういえば、新型インフルエンザも、高齢者は伝染していない。一体、この「耐える力」とは、何んなのだ。一つの答えになる分析に、最近、森岡正博さんが訴えた「無痛文明論」が注目されている。そこで、ある学校現場から提言されているレポートをご紹介したい。ぜひ、ご一読願い、ご一考願いたい。
近年、苦痛や不快な感情に耐えられない子どもが増えています。または、そのようなことを感じても、「うざい」「きもい」「わからない」という言葉でかたづけ、そのときに感じる感情を放り投げてしまう子どももいます。生命学、哲学などの分野で活躍される森岡正博さんは、「無痛文明論」という本を書かれています。森岡先生によると、現代社会は、「苦しみを遠ざける仕組みが張り巡らされている」と述べています。すなわち、「無痛文明論」とは、痛いことや苦しいことなど、私達が直面したくない出来事が見えなくなっている社会のことです。
今の時代は、汗を流したり、痛い思いをしたりしなくても、さまざまなものが楽に手に入る時代です。それゆえ、不快な感情を味わう機会を逃がしたり、苦痛な体験を避けたりすることが簡単にできるようになりました。その結果、近年の子どもは、苦しみや悲しみなどのストレスを受け止める力がなく、些細なことで心が折れてしまうことが増加しているように思います。
そこで、われわれ大人が求められるのは、苦しみ、悲しみ、不安などのネガテイブな感情を子どもが体験しているとき、その感情体験を子どもと共有し、認め、受け止めことです。子どもが涙を流し、苦痛に耐え、がんばろうと歯をくいしぼっているそのときに、大人に「がんばっているね」「辛かったのね」「悔しかったね」「我慢できてえらかったね」といわれた子どもは、それだけで安心感を獲得します。このような体験は、子どもが痛みにとどまり、苦しみから逃げない強い力を育みます。この「無痛文明論」の中で、子どもが辛い体験を乗り越えていくためには、大人が子どもの感情体験を共有し、認めてあげることが、最大の鍵となるのです。