ある報道機関が、2016年オリンピックの誘致に東京が破れた直後、街の声を聞いたところ、「東京が負けても悔しくない」と答えた人が、何と52%もいた。一体、東京が提唱した、この国民的な運動は、何だったのだろうか。
日本が、戦後、見事に復興を遂げ,国際社会で真の存在感を発揮した東京オリンピック、国内的にも、これを契機に経済が活発化し高度経済成長が始まった。東京オリンピックこそ、国家にとっても、又、日本社会にとっても、再起の正に立役者だった。
今回の2016年立候補は、それから52年目の開催となり、半世紀を経て、東京が、日本の国家としてのアイデンテテーを、再び世界に問う、最良の機会だった。
しかし、とかく政治に翻弄されるオリンピックだが、東京は、従来と同じコンセプトではない、オリンピックを環境と資源持続型社会の実現、そして、最も平和を希求する場にするという新しいムーブメントを提言したのだ。また、首都東京が名乗り挙げる以上、日本の立候補でなければならない。
都議会民主党は、この開催に賛成し、推進議員連盟の幹部にもなったが、党内の国会議員は冷たく、「国会決議」は、最後までもつれた。衆議院選が近づいており、明らかに政治化して行った。影響を受けた国内世論は、盛り上がりを欠き、東京のウイークポイントになったとも考えられる。閉塞感から中々脱却できない国民の気持ちは、オリンピックを契機に再起へと傾斜する、東京招致に有利と考える一方、常に東京だけが勝ち組とみる厳しい見方が地方を支配的している現実も気になっていた。
ましてもや、政権に近づこうとすうる民主党内では、東京開催を、自民のオリンピックと反対を口にする議員までいたと聞く。最後の最後に、コペンハーゲンに鳩山総理を派遣したが、これは、お付き合いだけだったとか、保険をかけたと評したメデイアさえあった。
問題は、これからだ。誘致に心血を注いだ石原都知事が、JOCとの約束の通り、2020年立候補の決定をするのか、今後、話題になるであろう。今こそ、しっかりと招致運動の経過を分析し、次回東京オリンピックの立候補の是非を含め、今後の展望を示すべきである。
国際社会から評価された東京の財政面、運営面の力、治安の良さなど数値では、東京はトップの評価だっただけに、都民の気持ちは複雑だ。
9日、米国オバマ大統領が、「核の無い社会を提唱した」理由で、ノーベル平和賞を受けた。シカゴは、オバマ夫妻がコペンハーゲンに出向いて、第一回で破れた。皮肉に見る筋もあるが、広島・長崎両市を刺激した。
両市の意気込みは理解しなければならないが、東京オリンピック招致運動の総括がなされない内に公表は、単なる宣言か,はた又、来月に来日するオバマ大統領への踏み絵か、読めない。ただ、両市長が、政治にオリンピックを持ち込まないよう強く望むところだ。
次期決定は、4年後になる。