「電卓の普及で、そろばんが隅に。」新聞の見出しだ。いつ頃からだったろう。 技術革新と量産化の効果で、高価だった電卓が、世界一低廉で手に入るようになった。遅いか、早いか、正確か、を別にすれば、誰でも、操作できた。今では、電卓は、コーヒー代より安価なものまである。さて、それだけで良いのだろうか。
戦前からの日本の基礎教育の伝統は「読み、書き、そろばん」が三大要素だった。 そして、戦後、日本で伸張した学問は、音楽と数学といわれてきた。その効果は、国力増強にも貢献するほど、日本力の基盤になった。当時、こども達にとって塾通いといえば、「そろばん塾」だった。
算盤は、総ての思考につながると、先生から教わったことも懐かしい。そんな時、ラジオの電波から流れてきたのが、中野敏雄先生の「ねがいましてーは」の声だったことを知らなかった。
大学で、商業会計学科担当の学者が熱を入れる珠算の効用に疑いを持つ人はいない。企業でも官庁でも、珠算は必須のツールであった。その意味で、中野教授の、国内での珠算普及への功績は、多言を要しない。
しかし、トンガ共和国の国王ツボウ4世の33年前の眼力にも脱帽だ。大東文化大のラグビー部監督の中野先生と機中で偶然隣り合わせ、算盤談義で意気投合したトンガ国教育次官の進言を受け、中野教授にアプローチして来たのが縁の始まりと聞く。
国王は、トンガ滞在中の教授に会見、珠算教育の誘致を熱っぽく依頼したのが、その後30年間の算盤交流につながったそうだから、縁は不思議だ。 3年後、トンガに渡って3週間にわたり、算盤基礎教育をトンガの子供たちや教師に徹底的に教えた15名の先生方は、正にそろばんクールセイダーズ(十字軍)だった。
爾来、トンガからの算盤留学生を、毎年受け入れた大東文化大も凄い。その子供たちは、ラグビー先進国の大使だから、同大のラグビー部強化につながった。 縁の二乗となる訳だ。
教授が88歳の米寿の年に、トンガ国の最高勲章「王冠勲章コマンダー賞」が授与された。大東文化大は、既に、昨年10月、大学で祝賀会を催し、答礼として、ツボウ4世に、初の名誉博士号を贈る粋な計らいもしている。全て中野教授への讃歌だ。教授は、既に、NPO法人・国際珠算基金を設け、事業進展と承継のための組織も設えている。
今、病床で全快を目指して闘病中の元国務大臣の粕谷茂先生が、かってお元気のころ、「君も政治家なら、先を見た仕事をしろ。珠算普及の中野先生の薫陶を受けよ」というご下命だった。爾来、中野先生のご薫陶を受けられているのだから、有難い。
去る1月24日の中野先生の祝賀会に、敢えて、画竜点睛を欠くとしたら、中野先生の同志の粕谷先生の顔が見れなかったことだ。会場の中が、喜びの明るさで爆発していただけに、残念でならない。