素顔の保坂さんぞう

原参議院議長の後継として、国政に参加。 堂々の脇役人生始まる。

平成7年、引退した原文兵衛元参議院議長の後継として、地方議会代表として参議院選挙に立候補した。見事に当選し国政に進み、 自治体から頼られ、 又、 衆議院を十分納得させられる参議院議員像を目指す。議会や党内でも、 脇役が本分と自認する党人派。 日常活動やフィールドワークこそが本分という党人派なのだ。 院内では、予算委員会、行政改革特別委員会、教育基本法特別委員会等々の筆頭理事をつとめ各種法案の成立に尽力、更に、 参議院自民党筆頭副幹事長、国会対策筆頭副委員長等々、脇役に徹しバイプレイヤーを目指して汗を流した。照る日曇る日、 愚直に自民党一本できた。 そこに、 彼の魅力を感じるのだ。

保坂のライフワークは、中小企業振興。経済産業委員会委員長として活躍。

又、 自民党東京都連が、郵政解散で大揺れに揺れた時、 信頼する八代英太会長が、元郵政大臣の立場から路線が別れた。総務会長の小林こうき氏も追従し、都連国会議員団も分裂かといわれたが、当時、幹事長だった保坂は、先輩の方々の指導を得て見事乗り切り、史上最大の大勝利を導いて留守を守った。その時、保坂幹事長を支持した都議会や区市町村議員、各支部、 そして各種団体は軸がぶれず、結局、 東京都連という 本部お膝元の方向づけが、全国の流れとなった、 歴史の裏面史だ。又、長くくすぶる首都移転問題では、保坂が都議の時代からの懸案だったが、一致団結、この企みを完全に払拭できたのも、 結束した力を主張する保坂らしい政治手法の勝利ともいえる。今日の都連の難事に当たっての基本的スタンスになっている。

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