又、見逃せないのは(財)日本釣振興会東京都支部長、東京湾に魚を増やす会代表、(社)園芸文化協会会長 などを通じ、環境問題に取り組んでいる。 中でも、地味に続けて来たインドネシアなど途上国でのマングロ ーブの植林事業も脚光を浴びている。何も海外でもという意見もあったが、 今日、 日本が悩む異常気象も、 東南アジアでの熱帯雨森の縮小に起因すると判明。 地方議員400名で、0ISCA議連を作り、20年間で25万本の植林に成功した。 植林だけでなく、 人々の心に自然保護の心を植えた成果は大きいといえる。
知られていないのは、歴史的建造物の保存運動に30年にわたって参加、東京駅、銀行協会に始まり、芸大奏楽堂、渡辺子爵邸、谷中吉田屋、上野桜木会館、 正岡子規記念野球場の保存に成功、現在は、近代資本主義のルーツを証明する重文・旧岩崎邸の保存に手がけ、既に5千坪を都立公園として開園、なお周辺の跡地を取得し、1万坪の邸宅跡地を公園化する、 完全復活のための猛運動を展開している。楽しみな事業だ。
尊敬する人は、徳川家康と尾崎咢堂。かって、 「東京の始祖は、太田道灌、徳川家康、明治天皇」と、当時の鈴木知事との予算委員会での文化論争で決着、定着したが、実は、意外にも東京での徳川家康の人気は低いが、何といっても東京の祖、家康公江戸入府400年の顕彰を主張、「東京ルネッサンス計画」をものにした。記念事業の江戸東京博物館、当初、東京歴史博物館とのネーミングが予定されていたが、江戸という言葉の挿入を主張、無事「江戸東京博物館」に落ち着いた。又、館内庭園に、江戸消防記念会の協力を得て、 芸大山下教授の手による徳川家康公銅像(全体で6米もある)を建立した。東京の今日が、 徳川家康公の決断にあり武将より都市計画家としての力量が偉大で、 今日の東京は、 家康公の情熱が創り出した都市といえる。